「うっちー」の愛称で親しまれてきたイケメンサッカー選手の代表である鹿島アントラーズ所属、内田篤人選手が現役引退を発表されました。
一時は右ひざのケガに悩まされ、ご本人も相当つらい経験をされていますが、2018年に鹿島に復帰、今季もフロンターレ選に先発に出場し、まだまだ活躍が期待されていただけに惜しいです。
この記事では現役引退に伴い、内田篤人選手のカッコイイエピソードをまとめています。
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内田篤人選手のイケメンエピソード
東日本大震災への熱い想い
2010年からドイツのシャルケに所属していた内田篤人選手が2011年、東日本大震災が起こったのち、自身のユニフォームに想いを書き日本に向けて伝えてくれたエピソードがあります。
映像ではシャルケの守護神であるマヌエル・ノイアー選手が内田篤人選手を連れ、カメラに映るようにサポートしてくれています。
ここに至る前のノイアー選手と内田選手のやり取りは有名です。
ノイアー選手 「それ見せるのか?」
内田篤人選手「勝ったら見せる。負けたら見せない」
ノイアー選手「俺が守って勝たせる。問題ない」
性格もイケメン
現在、セルビアのセルビア・スーペルリーガ・パルチザン・ベオグラード所属している浅野拓磨選手がA代表に選出された2016年当時、21歳とまだ若く他のチームメイト長谷部誠選手(当時32歳)本田圭佑選手(当時30歳)長友佑都選手(当時29歳)など年上ばかりでコミュニケーションを取ることに苦労していたことがありました。
この当時内田選手はケガによるリハビリなど本人も大変な時期でしたが、選手の輪の中に入れるようにサポートするなど後輩思いの一面もあります。
はァ……うっちー引退か……はァ…………顔もプレーもサッカーに対する考え方も優しさも幼なじみと結婚する一途なところも顔も全部かっこよくて好きだよ今も……本当にお疲れ様でした……😭😭 pic.twitter.com/B8RCyq47Au
— ギョ (@gyo_wss) August 20, 2020
長谷部さんを支えたい
長谷部誠さんと内田篤人さんは先輩後輩の関係ですが、長谷部さんをいじるやり取りは面白いですよね。
「長谷部」と呼び捨てをする内田さんに対して、少し呆れるような態度を取りながらも、対応する長谷部さんも神ですね。
長谷部さんに対して生意気な態度を取る内田さんですが、実はサッカーに関しては長谷部さんをキャプテンとして尊敬しており、本人には言ってとおっしゃっていましたが、「長谷部さんを支えたい」存在でありたいということをかつてTVでお話されていました。
カッコよすぎです。
https://twitter.com/Nanataka_730/status/1296372269363556352[quads id=1]
吉田麻也と相思相愛?
DF同士で仲の良い吉田麻也選手と内田篤人選手。
内田選手がドイツシャルケに所属していた当時、吉田麻也選手もオランダのVVVフェンローに所属していたことから、
向こうでもプライベートで遊びに行く仲でした。
内田選手が吉田麻也選手のことを「召使い」と言ったのは有名な話で、それに対し「友達以上恋人未満」や「内田はツンデレ」と吉田選手が話していたことがありましたが、内田選手にとって、吉田選手は気の置けない、一緒にいて楽な間柄だったんだと思います。
うっちー引退するのか(´゚ω゚`)
待ち受けにしてたしこの人きっかけで全く興味のなかったサッカーを見るようになったんだよなー
お疲れ様でした!!!! pic.twitter.com/EADs5cocKN— ななみん(・∀・)趣味垢 (@shak_kf) August 20, 2020
まとめ
2006年に清水東高校から鹿島アントラーズに入団し、右サイトバックとして活躍し続けドイツシャルケに移籍、2015年頃からは右ひざのケガに悩まされ、「何もしなくても涙が出てくる」と本人が吐露するほど大変な時期を過ごされました。
しかし、2018年には鹿島アントラーズに復帰し、今季も川崎フロンターレ戦に先発出場していました。
日本代表として活躍し続けただけでなく、イケメンサッカー選手の代表でもあった内田篤人選手。
東日本大震災後の日本に向けて発信してくれた想いは今でも多くの人の心に残っています。
長い選手生活、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました!
これからのご活躍にも期待しています。